生きてればいいよ。

新卒で青年海外協力隊。任期満了後もベナンで家庭ごみ収集屋をしている若者の生きざま。

夢を運ぶ廃棄物管理を目指して

昨年2021年に書いた小エッセイ。道を見失わないよう、ブログに残しておきます。

 

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「人々の役に立つ仕事で食べていきたい」。

そう語るベナン人の青年Aは、昼間は無給の市役所研修生として街の衛生改善のために活動し、退勤後深夜までバイクタクシーの仕事で日銭を稼ぐ日々を送っていました。


西アフリカにあるベナンは、私がJICA海外協力隊として派遣されて以来2年半を過ごした国です。ジュグー市役所技術部衛生課への私の配属から約3ヶ月後、Aが同じ部署で研修生として勤務を始めました。活動の協力者もおらず、一人で毎日小学校を訪ねて経口感染症について授業を行っていた私に、「なぜプロジェクトを立案してもっと大きなことをしないのか」と尋ねたこともあるAは、雑用に終始する普段の業務にもどかしさを感じていたように見えました。

Aが3ヶ月の研修期間を終えてからしばらくは、私はAに会うことはありませんでした。


数か月後、街を歩いていたら、バイクタクシーのユニフォームを着たAがバイクですれ違いざまに私に気づいて声をかけてきました。「ごみ処理の良い考えがある」と言うAに、小学校が夏休み中で手持無沙汰していた私は「考えを市長に提案する手伝いをするよ」と言いました。提案は結実しませんでしたが、それからAは私と活動するために市役所の研修を再び始め、他の研修生らも巻き込み、市内の学校を対象に清掃コンクールを一緒に企画・運営しました。冒頭の一節はその頃のAです。


月日は経ち、帰国を目前にして、私はAの状況が何も変わっていないことに気付きました。Aには、奨学金を得て進学した学校で学んだ公衆衛生の知識や経験、何より彼の熱意を活かせる安定した仕事がありませんでした。

 

アフリカでは労働力人口に対して質の高い雇用が不足し、職業は出自に大きく左右されます。私と同い年のAは私より遥かに熱意があるのに、Aが彼の家庭に生まれただけで夢を実現できないのは理不尽だと思い、とても嫌で悔しく、腹立たしく感じました。そして私は、協力隊の期間を終えてベナンに戻り、Aたち青年らと団体を立ち上げてごみ収集事業を始め、現在まで継続しています。


アフリカでは近年急激な人口増加に伴いごみ量も増加していますが、ジュグー市を含め多くの都市で廃棄物管理システムの整備が追い付いておらず、道端に投棄されたごみが悪臭や害虫の原因となる他、排水溝を詰まらせ洪水や蚊の繁殖を誘発しています。2100年には世界人口の3割をアフリカが占めるとも予測され、人類社会にとって課題の重要度はより高まります。

 

他方、ごみ収集事業を通して、廃棄物管理に関わる行政、住民、ごみ収集団体には相互に不満があることを知りました。例えばごみ収集員は住民のごみ出しマナーに怒り、住民は収集料金が高いと言います。廃棄物管理が精神的にも経済的にも負担となり、責任の押し付け合いの下行われています。


私はこの現状に対し、他の社会課題の解決手段としてごみを用いることで、社会の中でより大きな価値を生む廃棄物管理モデルを創り、パラダイムシフトを起こしたいです。ごみの活用手段として例えば、堆肥化、飼料化、固形燃料化、あるいはバイオ発電などの技術があります。ベナンでも、生ごみから堆肥を作り販売する男性に会いましたが、堆肥は売れず彼の家に大量の在庫が残っていました。目の前のごみの活用方法だけでなく、社会にどのような需要があるかを出発点として考えなければ、資源化された先にも出口は見つかりません。


私は大学院での研究で、ジュグー市を事例として課題発の廃棄物管理モデルの構築に貢献し、廃棄物管理に人々がポジティブに参加する土壌を作りたいです。それが、持続的に人々の健康的な暮らしを守り続ける廃棄物管理の姿だと考えています。

 

そして、そのような廃棄物管理の仕組みがアフリカ全土で多くの雇用を生み、Aのような熱意ある若者たちによる夢への挑戦の支えとなる仕事になり得る未来を目指しています。

 

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