生きてればいいよ。

新卒で青年海外協力隊。任期満了後もベナンで家庭ごみ収集屋をしている若者の生きざま。

何のために研究やってるのかよくわからなくなった

大学院修士1年の10月下旬。

「何のために研究やってるのかよくわからなくなったので文章をしたためていたら、私が今やってることって私にとって必要なことだと気が付いた」という話。

 

*書き始め当初は「何のために研究やっているのかよくわからなかった」んですが、書いているうちに頭が整理されました。

 

先週の日曜日から一気に気温が下がって、今日なんかはフリースを着ていた。肌寒いくらいのこれくらいの気温って好きだ。

協力隊でベナンにいた頃の12月-1月のハルマッタンの時期、寒がりながら朝7時に配属先に歩いて向かっていたことを思い出すし、実家で暮らしていた高校生くらいの頃、あったかい鍋をよく食べていたことを思い出す。寒いからこそ、あったかいだけなのにとてもありがたく感じられる。

 

さて、ここ数ヶ月くらいの記事でも書いているけど、私は今年の4月に大学院に入学してからほぼ毎日学校に行き、授業を受けたり、課題に取り組んだり、勉強したり、はたまたバイトをしたり、一言で言うといろいろしている。

www.ricahirao.work

 

師事しようとしていた教授から、入学式の前日に「(ひきこもってひとりぼっちにならないために)毎日学校には来いよ」と言われた言葉を愚直に守って、毎日朝から晩まで学校にいる。人から言われたからというだけじゃなくて、やりたいことがいつもたくさんあるし、複数人で暮らしているので学校の方が作業がはかどる。

 

そんなこんなでせっせと学校に通いつめること半年。前期の授業やレポート提出が終わった8月からオンラインでベナンとつないで調査を始めた。ごみを調べると排出者の生活の様子が目に浮かぶのが面白くて、家庭ごみの組成を調べている。指導教官は「順調だね」と言っていた。

 

ところが、私からしたらべつに順調ではない。

何のために研究をやっているのかよくわからなくなってきちゃったのだ。

 

そもそも私はあんまり賢くはなくて、先もよく見通さないまま気持ち100%でベナンで起業した。一緒に団体を立ち上げたベナン人の青年も私に負けず(というか私の何倍も)気持ちが強い人で、起業してから1年9か月たった現在もベナンで家庭ごみ収集事業を継続している。そんな感じで突っ込んで起業したので、私はよく人から馬鹿にされる。

 

ベナンでごみ収集団体を立ち上げてからほどなく、コロナの感染がアフリカで広がりだしたので、私は日本に帰ってきた。ベナンでのごみ収集の事業をうまく行かせたいと思った私は、日本の仕組みから学べることがあるんじゃないかと思って地元のごみ収集運搬会社に就職した。ごみ収集員として半年くらい働かせてもらった。

 

その会社にいた頃は素敵な人たちに出会って、40度を記録する猛暑の中汗だくで頭がガンガンしながらの収集作業もした。でも、現場で働く中で私は思った。日本とベナンでは環境が違いすぎるから、日本のやり方をベナンに持っていくだけじゃだめだ。ベナンに合ったごみ収集事業を作るには、ベナンの人たちの暮らしや考え方、そして社会の仕組みをもっと知らないといけない。日本でごみ収集員として働く中で、ベナンでやってみようと思ったことはベナンの同僚に提案していたのだけど、ベナンではこれこれこういう理由でそれはうまく行かないと思うよ、と何度か言われていたのだ。

 

その頃Twitterで、大学院で東アフリカの国の研究をしている人と相互フォローしていた。面識のない私に時間を割いてくれて、大学院に行ってアフリカと廃棄物管理の勉強がしたいんだけど、大学院の決め方がよくわからない、と相談した気がする。その人は、今私が在籍している研究科の教授のことを教えてくれた。連絡してみなよ、と。

 

研究科のHPにその教授の連絡先が書いてあったので、メールした。その頃は入試の3か月前くらいで、進学に関する相談にはちょうどいいくらいの時期だった。zoomで話をして、君みたいな泥臭い人は歓迎だと言ってくれた。その教授が、同じ研究科でもうひとり関心が近そうな先生がいるよと言って名前を教えてくれた。HPでメールアドレスを見て連絡した。それで、今の指導教官と初めて話をしたんだった。

 

いろいろと思い返しているうちに長くなったけど、要するに私はベナンのごみ収集事業をもっとうまいことやりたくて大学院に進学した。

 

「もっとうまいこと」とはどういうことか?初めは、お金だった。事業がビジネスとして自走していくために、もっと作業効率を上げてコストを削減し、お客さんからもらう金額ももっと高くしたいと思った。あとは、漠然と「ベナンに合った廃棄物管理を」とずっと思っていた。

 

「もっとうまいこと」とはどういうことか?今は、ごみの後始末に関わるということがもっとポジティブなものになってほしいと思っている。ぎすぎすした関係性の下ごみの始末をするんじゃなくて、みんながもっとそれに価値を感じて、思わず参加したくなっちゃうような。ごみは汚くて臭いから早く持って行って、じゃなくて、ごみの後始末がうまくできるとこんないいことがあるんだ!となるような。

 

ここでぎゅーんと研究の話に戻すと、私は何のために研究をやっているのかわからなくなってきた。

 

8月から行っているごみ組成調査はベナンのごみ収集団体の同僚の協力のもと実現していて、その同僚は思っていることをいつも率直に伝えてくれる。ごみ組成を調べている先行研究によると、ごみの組成のデータは行政が廃棄物管理の戦略を練る時に不可欠だと言う。また、排出されているごみの種類や水分割合によって適切な処分方法が異なるので、適切な投資をするためにもごみの組成はとても重要な情報だとも書いてある。

 

初め、ベナンの同僚にはそうやって調査の目的を説明した。彼はその場では「わかった」と承諾したし、調査には今も協力してくれている。けれど、ある時「市役所はこのデータがあってもこれを活用しようっていうやる気はないと思う」と率直に伝えてくれた。その発言を受けて、行政が戦略を練るときに重要なだけじゃなくて、現場でごみ収集業務をする私たちの団体にとってどんな意味があるかを考えた。

 

私たちが集めているごみにどれくらいの経済的価値があるかわかれば、直接私たちの売り上げにもつながると思い、スクラップの買い取りをしている人たちへの聞き取り調査も同僚にしてもらった。聞いた値段と、圧倒的に数は足りないけど手元にあるデータをもとに、リサイクルのために売ったときの金額を計算した。

 

その金額がいくらだったかの話は、同僚にはまだ共有していない。サンプル数がとても小さいので、あまり信憑性がないから。でも、もしこれを共有したとして、手元にあるリサイクル可能なものを売って売り上げを伸ばそうね、というのは私が望んでいる話なんだろうか?

 

私はもっと価値を作り出したい。

ごみの後始末に関わることを、もっと気分のいいことにしたい。

 

そのアプローチの仕方として、前から思っていた案が一つだけある。それにはやっぱりごみの組成が必要で、アフリカ(ベナン)とごみの再資源化にもっと詳しくなる必要があって、ずっと漠然と抱いていた「ベナンに合った廃棄物管理」の姿なのかもしれない。でもそのためには、使えるデータのとり方をもっと考えなきゃいかん。さらに、今あるデータからもっと想像を膨らませてみなきゃ。

 

ああ。さあまた机に向かおう。