生きてればいいよ。

新卒で青年海外協力隊。任期満了後もベナンで家庭ごみ収集屋をしている若者の生きざま。

学際的研究を謳う大学院での「理系」と「文系」、あとわたし

大学院に入学してからもうすぐ3ヶ月が経とうとしています。

 

タイトルにもある通り、私が所属する研究科は研究の学際性を特長のひとつとしており、私のように「文系」学部出身者も「理系」学部出身者も在籍しています。

 

この記事では、そんな学際研究を掲げる大学院での「文系」「理系」について、「文系」の私が入学以来経験したことを書こうと思います。

 

もくじ

 

「理系」の指導教官

私は法学部の卒業ですが、現在の関心は衛生工学が扱う廃棄物管理と重なる部分が大きく、大学院での指導教官は工学系のバックグラウンドの方です。

 

高校で「文系」を選んで以来数学も化学も物理も遠いものとなった私からは想像もつかないほど、指導教官の頭の中は私の知らないことで満ち満ちているのだろうなぁと常日頃から思っています。(そもそも物理の授業は一度も受けたことがない)

 

多様なバックグラウンドの学生にもわかるように配慮して授業をしてくれるのですが、それでも馴染みのない世界が展開されていて、数式や化学反応に少し言及しただけでもわたしは大きな隔たりを感じます。毎度毎度、天才か魔法使いだと思っています。

 

そしてわたしもその知らない世界の一端でも理解したくて勉強しようとするのですが、同時にいろいろなものへの目移りも激しく、遅々として進まないのです。

 

「文系」の教員の方々

わたしが在籍する研究科で野生動物や農業に関する研究をしている方々の多くは、教員も学生も「理系」のバックグラウンドを持っているというように私は認識しています。

 

他方で、「自分はもともとは文系だ」と認識している教員の方々もいます。そうした方々は、「理系」な手法を「スマート」「テクニカル」などと表現します。裏返しで考えると、そうした方々の認識として、「文系」の研究の方法は「寄り道が多い」「技術を必要としない」なのでしょうか。「文系」にもいろいろあるし、研究も人により様々なのはもちろんです。

 

学際性を謳う研究科でこそ「文系」「理系」が強く意識されているように感じるのは、ひとつの学問分野(ディシプリン)を中心に研究を行う研究科では、私の研究科ほどは多様な学問的バックグラウンドと関心をもつ教員や学生がいないからかもしれません。

 

いずれにせよ、「文系」「理系」の違いを強く認識することで、ある種意識的に学際性を高めることがなされているように感じます。

 

意識的な文理融合とそのレベルにいない私

本来世の中の事象は文系と理系で切って考えられるものではありません。日常の自分の行動の一つ一つに、そうした区切りを設けることは私はしません。

 

「文系」「理系」というのは物事の見方の大きな区分であり、ひとつの事象をいったん色々な学問からの視点で見てみて、意識的にそれらを持ち寄って考えてみるということがなされています。その際、一人の研究者が色々な学問を学ぶことや、「文系」と「理系」の研究者がある課題に取り組むために共同研究を行うことがあるようです。

 

私には、自分のディシプリンと呼べるものは特にありません。学部生の頃は政治学の付近で国際政治、政治思想、ジェンダー、宗教などに関心を持ち広くかじっていた程度で、たしかに今も権力関係や政策決定の過程など政治的なものは好きなトピックなんだと思います。

 

「文系」の研究者と「理系」の研究者がそれぞれの知見を持ち寄り意識的に学際的な研究を行うことは、まるごと理解するための道としてやはり大きいと思います。ですが、しっかりしたベースがないからこそ「文系」「理系」をまたいで考えることもできるのかもとも思います。

 

というか、しっかりしたベースがない人には結局それしかできないのが現実です。自分の経験と想像に基づき、自由に考え、調べる。今の私がすぐできるのはこれにつきます。意識して学際的に取り組むレベルにはいないわけです。

 

それでもちゃんと勉強して、人類学者の小田亮さんが呼ぶところの「サル」、つまり「頭よく見せようとか、新しい理論を、なんか、うまく使おうとか、そういうことを全く思わないやつ」でありたいのです(田沼2020)。

 

まとめ

大学院に入学してから「文系」「理系」という言葉に何度か出会い、感じていたことを書きました。学際的研究の看板の下での個々の研究者の方々や、わたし自身の立ち位置など、一学生から見えたことに基づいています。

 

学際性を掲げるからこそ文理は意識され、文理どちらもたいしてベースのないわたしは垣根を気にせず勉強を続けよう、そんな話でした。

 

引用文献

田沼幸子. 2020.「小田亮教授退職記念―小田亮教授の人と業績―」『人文学報』516(2): 1-21