生きてればいいよ!

新卒で青年海外協力隊に参加。帰国後3ヶ月でまたベナンに戻って活動を続けている、そんな若者の生きざま。

「郷に入れば郷に従え」ではない。外国人として異国に暮らして思ったこと。

 

郷に入れば郷に従え。

 

よそのコミュニティでは、そこのやり方に合わせるべきだという考え方です。たしかに新参者を受け入れる側としては、自分たちのやり方に倣ってくれるのなら親近感を持てますよね。でも、私は必ずしも「郷に入れば郷に従え」が正義ではないと思います

 

今回は、最近知ったカナダのある出来事と、私自身のベナンでの経験から、私が「郷に入れば郷に従え」ではないと思う理由について書きます。

 

ツイッター上で話題になっているカナダでの出来事

最近ツイッター上で話題になっているのは、カナダの薬局で起こったある出来事を撮影した動画。

店員同士で中国語を話していたところ、お客さんが「ここはカナダなんだから英語を話せ。失礼だ」と怒り出しました。この動画に対して、「人種差別的だ」といった反発のコメントもありましたが、この動画の女性の態度を見て私が共感したのは、「外国人として異国に生きることの大変さ」でした。

 

外国人として異国で暮らしている経験から

私は小学生の頃タイに、そして新卒でJICA海外協力隊に参加してから2年間ベナンに住んでいます。外国人として生きた経験が2回あるのですが、子供の頃のタイ暮らしはほとんど家族にひっついていただけなので、外国人として暮らした大変な記憶は特にありません。

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協力隊として2年暮らしたベナン

しかし、協力隊として過ごしたベナン生活は「外国人」「マイノリティ」として生きることの大変さを痛いほど教えてくれました。その元凶となっていたのは、現地の一部の人たちによる「郷に入れば郷に従え」の考え方でした

 

ただでさえ新しい環境で生きることは大変なのに、

  • フランス語(ベナンの公用語)で挨拶すると「現地語を話せ」と言われる
  • 洋服を着ていると「ベナンの現地の服を着ろ」と言われる
  • スプーンやフォークで食事していると「俺たちのように手で食べろ」と言われ
  • ミネラルウォーターをもっていると「水道水を飲め」と言われる

など。どれも「郷に入れば郷に従え」の考え方ですよね。

 

初めの頃は、そうした容赦ないおしつけに私も応えようとし、道で会う人々への挨拶はフランス語でしてはいけないと思い、現地語を話すのに疲れて家から出るのがおっくうになった時期もありました

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ベナンの家の近所

先ほども述べましたが、これらはただのおしつけです。そのことに、あるとき気が付きました。例えば外国人が日本語を話していると私たちも嬉しいし、親近感を持つでしょう。しかし、たとえ外国人が日本語を話していなくてもそれはあなたの問題ではありません。それが何だと言うのでしょうか。

 

外国人の私が現地の人々のようにふるまっているのを見ると嬉しくなるのは理解できますが、「〇〇にいるんだから〇〇のやり方でやれ」という意見に本気になる必要はないと思います。だって、相手に迷惑をかけているわけではないのだから、誰がどうしようと、勝手です。

 

「郷に入れば郷に従え」を実践しに来たのであればそれもまたその人の勝手ですが、人はそれぞれ、自分の好きなありかたで生きてよいと私は思います

 

手で食べるかスプーンを使うか程度であれば気分を害するだけで大した問題にはなりませんが、このおしつけが宗教にまで及ぶと、それがこれまでの歴史で戦争を引き起こしてきたことは明白ですね

 

まとめ

「郷に入れば郷に従え」に対する私の考えを書きました。

 

「郷に入れば郷に従え」をよそ者におしつけるのは、間違っています。よそ者がコミュニティの考え方を理解することだけではなく、コミュニティ側もよそ者を理解する努力をすることが必要です。