どうもこんにちは。
私は、2017年7月からの2年間、JICA海外協力隊として西アフリカのベナンで活動していました。一か月前に日本に帰ってきてからというもの、色んな人に聞かれまくったのが、「今後の進路はどうするの?」という質問。
今後どうするか悩んでいるうちは、私はただ興味本位でそれを聞かれるのがけっこうイヤでした。私だって悩んでいるところだし、先のことは話したくなったら話すからベナンでのことを聞いてくれよと思っていました。(正直ですみません。)
実は、しばらくは決めきれずにいたのですが、やっとふっきれました。
これからの挑戦にあたって私は、みなさんのお力を今後きっと借りることになると思います。そのためにも、私の思いを知ってほしいと思って今回の文章を書くことにしました。
もくじ
さあ、これからどうするか?
結論から言うと、2019年10月以降またベナンに戻ります。赴任地であったジュグー市というところで、公衆衛生分野を中心に挑戦し続けたいと思っています。隊員時代に一緒に活動した相方と一緒に現地法人を立ち上げ、ベナンでの活動を続けます。
参考までに、私が2年で取り組んだことを過去の記事にざっと書いています。
具体的には、
- 現状不衛生なジュグーの町から散らかるゴミや野外排泄をなくすこと。
- それによって、予防できるいわば「無駄な」病気にかかる要因を減らすこと。
なぜそう決めたのか?
ベナンに戻るという決断をするに至ったのは、大きく3つの理由があります。
1.私と一緒に活動していた相方の思いを、応援したいから。
私の相方の青年は私と同じ1994年生まれで、ベナン北部ジュグー市の田舎に生まれました。ジュグー市役所からの奨学金を元手に、医療系専門学校で公衆衛生学を学んだ彼は「人道的で、良い仕事で飯を食っていけて、誰かの役に立つ人間になりたい」という思いがあります。しかし今は、彼の専門である衛生分野で活動するローカルのNGOの仕事がたまに見つかる程度で、普段はバイクタクシーの運転手を夜中までしてお金を稼いでいます。

ジュグー市役所のボランティアとして活動していた私は、ジュグー市役所でインターンをしていた彼に出会いました。彼とは1年間一緒に活動し、ジュグーのゴミ処理に関して彼にアイディアがあったため、それを一緒にプロジェクトとして立案し、市長に提案したことがありました。市長は、外国人の私が彼を連れてきたから一応話は聞くものの、まともに取り合おうとしない様子。「話の規模がでかすぎる」の一言で一蹴されました。エライ人は一般人の話を聞きません。
彼には目指すものがあって、能力も、知識もあります。敬虔なイスラム教徒で、思いやりのある人です。でも彼が私ほど自由に動けていないのは、彼が彼の家庭に生まれたからでした。私と彼の違いは、私はたまたま日本に生まれ、彼はたまたまベナンに生まれたことに集約されるのです。
私たちは、自分で生まれる場所を選べるわけではありません。なのに、生まれ落ちた境遇が、その人の人生を大きく左右します。同じ1994年生まれの彼の可能性がそんなどうしようもないことで摘まれるのは、とても悔しいです。
悔しいから私は、彼が自分の夢に突き進んでいく手伝いがしたい。
2.私にしかできないことをしたいから。
ベナンにいられるのも残り2か月というあたりから、私は就活をしていました。
それは、
- 新卒で協力隊に参加したので、履歴書に書けるような職務経歴がなかったのがイヤだったから。
- 日本の組織で働いて「お勉強」でもしようと思っていたから。
- 働いてお金をためて大学院に行き、学問として公衆衛生を学びたいともボンヤリ考えていたから。
という理由からでした。
ベナンでの2年間を通して公衆衛生と西アフリカに興味を持ち、国際協力の世界で今後もやっていきたいと思っていました。そのため、そのへんをキーワードに在アフリカ日本大使館のポストに応募したり、アフリカで事業を展開する企業に応募したりしていました。
ベナンでの2年間を終え日本に帰国してから数日後に、ある友達に会いました。「今僕がやっていることは僕にしかできないことだから、すごくやりがいを感じている」と言う友達は、すごくかっこよかったです。彼の言葉は、その後数日間ずっと頭に残っていました。
実はその友達に会った頃は、私は現場で働くのが好きだし開発コンサルタントでも応募し始めようかなぁと思っていたときでした。しかし頭の片隅には、ベナンに戻って活動の相方とまた一緒に働きたいという思いもありました。それを無視して、とりあえず経済的に困らなさそうな道を選ぼうとしていました。
挑戦したいことを無視して、言ってみれば自分に嘘をついていて、たいして熱意もないところへの志望動機を書けるほど私は器用ではありませんでした。また、その企業や団体ではないといけない理由がない私がそこで働くぐらいだったら、本当にそこじゃないといけない人がそこで働くほうがずっとマシだ、とも思いました。私がなんとなく考えていた道は、「私以外の誰かがやればいいこと」で溢れていたように感じます。
国際協力を仕事にしながら経験を積みたいと言ってたとえJICAに入っても、日本のNPOに入っても、ジュグーの、私が知っている問題の解決には関わることはないでしょう。私は、ジュグーに生まれたから自分を発揮しきれていない相方を知っています。彼の夢を叶える応援をするのは、「彼を信頼している私しかやらないこと」で、「私にしかできないこと」です。
私にしかできないことをしたい。ジュグーで彼と一緒に活動を続けることは、まず私しかしないことです。
3.課題を解決するためにアイディアを練り、周りを巻き込みながらアイディアを実現していくという過程がすごく楽しかったから。
色々と書きましたが、私がジュグーでもっと活動したいと思うのは、協力隊員として試行錯誤しながら取り組んだ2年間が楽しかったからです。当たり前だけど、楽しくなかったらまたやりたいなんて思いません。
「ジュグーの家庭ごみ収集システムを作るアイディアを提案してください」とか、「地域や学校で啓発活動をしてください」とか、協力隊員はそれぞれ自分の活動にミッションがあります。私は、そのミッションをクリアするために何をどう工夫しようかとか、誰にアプローチしようかとか考え、自分が思いつく限りの最善策で周囲を巻き込んで、それを実現していく過程がすごく楽しかったのです。
特にこの、小中学校での清掃コンクールの企画・運営で味をしめました。
だから、単純にもっと活動を続けたい。実は、その一言がすべてなのかも。
私の活動の相方は、外国人の私を利用して彼の夢を叶えればいい。私も活動をしていて楽しいから、能力のある相方に協力してもらいます。協力隊として彼とジュグーで活動していた時も、私たちはそんな関係でした。私は、彼とのそんな関係が好きでした。
その選択は、誰のため?
先日、国際協力を仕事にしている方に会った際、私がベナンに戻って活動を続けるのは「他人のため」か「自分のため」か、どっちなのかを考える機会がありました。
究極は何でも「自分のため」だと思うとその人は言っていましたが、ある行動において「自分のため」か「誰かのため」か、どちらかが100%の人はいないのではないかと思います。白黒つけられるものではなくてグレーでしょ、と。
私はイスラム教の考えがとても好きなので、イスラム教の原則のひとつを例にします。
豊かな人が貧しい人へ分け与えることを推奨するイスラム教でも、結局のところそれは貧者の救済が目的ではなく、分け与える選択をしたその人自身が、精神的に神により近づくことが目的です。そう考えると、たしかに究極は「自分のため」かもしれません。でも、貧しい人への慈悲があるから、与えます。
自分のためだけではない、他人のための行動も、私は信じたいです。
「他人のため」とか言うとすぐ「偽善者ぶるな」って叩かれそうな世の中ですが、「しない善よりする偽善」のほうがよっぽど価値を生み出しているでしょうし、それが原動力の一つになるのだったらもうオッケーじゃない?と私は思います。
でも結局、気持ちを白か黒で表すのは無理でしょって思ってしまいます。グレーもあってよいと思います。他人のための行動も信じたいからです。きれいごとでしょうか?
まとめ
協力隊としてのベナン滞在を終えてからまだ1ヵ月ですが、私はベナンに戻ることにしました。なぜなら、
- 相方の思いを実現する手助けをしたいから。
- 私にしかできないことをやりたいから。
- でも相方にも協力してもらって、私自身もワクワクすることにもっと挑戦したいから。
これら全部ほしいから、現地法人を立ち上げて活動します。これだけ見れば、「他人のため」33%、「自分のため」66%です。
が、「他人のため」という大義名分を得て、ベナンに戻る決断をしたかっただけなのかも。ふと、そう思いました。「彼を応援する」とか言って、私が彼と働きたいだけか?そんな気がします。
いずれにせよ、今の私の気持ちを書きました。
最後に、みなさまへお願い
さて、9月25日に東京を発ち、1週間ほどヨーロッパに滞在した後ベナンに行きます。
これからのことはさておき、協力隊員として経験したことでしたら今語れます。
特に学校現場の皆様で「アフリカ」「国際協力」「異文化理解」、もちろん「青年海外協力隊」などについて子供たちに伝えることに関心がある方がいましたら、私はぜひお力になりたいです!

↓ご協力できることがありましたら、Facebookもしくはメールでご連絡いただければ幸いです。
https://www.facebook.com/rika.hirao.96
hiraorica@gmail.com
ジュグーでのこれからの挑戦にあたり、お力を貸していただくことも今後きっとあると思います。そのときは私と一緒に走っていただけると、大変嬉しいです。
不安だけど、楽しみです。