生きてればいいよ!

新卒で青年海外協力隊に参加。帰国後3ヶ月でまたベナンに戻って活動を続けている、そんな若者の生きざま。

【恥ずかしいけど公開】新卒でJICA海外協力隊に参加した私の、ベナン派遣前の気持ち

新卒でJICA海外協力隊に参加したと言うと、「勇気あるね~」とか「せっかくの新卒という身分を無駄にするなんてもったいない」とか言われます。なかなか、決断を理解してもらえないようです。

www.jica.go.jp

 

JICA海外協力隊が派遣および募集されるタイミングは年に3回あり、それぞれの国に派遣される前に、福島県二本松市か長野県駒ケ根市で派遣前訓練という合宿型の研修に参加します。私と同じタイミングで、同じ駒ケ根市で派遣前訓練に参加したいわゆる「協力隊同期」には、およそ200人のうち新卒参加が50名ほどいました。

 

この数字にびっくりしますよね。思っていたより新卒参加で派遣される人が多いようです。

 

「新卒なんて専門もなくて何もできないだろう」と言われることが多い、新卒でのボランティア参加。理解の得難い新卒参加に関して、新卒でJICA海外協力隊に参加した人が実際どんな気持ちで派遣される決意をしたか、私をひとつの例としてみなさんに知ってほしいなと思います。新卒参加のリアルな気持ちです。

 

というわけで今回の記事では、西アフリカ・ベナンの案件への派遣に関して合格通知をもらって、派遣されることを決めた当時の私の気持ちをつづった文章を公開します。当時、Facebookに投稿していた文章です。

 

今読み返すと本当につっこみどころ満載で恥ずかしいです... が、かつての私は大まじめにこう考えていたのですね。私、当時から少しは変わったようです。良い意味で。

 

 

行ったこともないアフリカに行くことを決めた当時の私の気持ち

「卒業後、青年海外協力隊コミュニティ開発の隊員として、ベナンに行くことに決めました。夢のアフリカ大陸の、さらにまたロマンのつまる西アフリカの国です。


私が活動する場所は、トーゴと国境を接しているドンガ県というところで、勤務先は市役所の公衆衛生課です。現地の人のゴミ問題への意識を向上させるための啓発活動を行う予定です。


大学3年以降の就活を通して自分の本音と向き合い、中学の頃の夢だった酪農家への道が拓けました。同時に、また別の夢だった協力隊に参加するチャンスも手にして、迷いに迷って、ひとまず2年間アフリカの大地に住み着こうと決めました。


2年間で現地の人よりも黒くなって、フランス語にも現地語にも臆さず、「え、日本人なの?ベナン人かと思った(笑)」と言われるまでベナン人に同化しようと思います。

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ベナン人に同化したくて日焼け止めも塗らずに外を歩きまくっていたら、ほくろとシミが大量発生しましたね…(後日談)


私の夢は、

  • 小学生の頃に住んでいたタイぶりの、また海外に住むこと。
  • 人生のなるべく多くの時間を、発展途上国と呼ばれる国々で過ごすこと。人間が生きている感覚とともに、私もそこで生きていたいから。
  • 当たり前に現地の人に間違えられること。同化すること。

 

 
就活をしていてそれに気が付き、私は考えました。住み着くとしたら、どこででも生きていけるようにスキルや知識を身につけないといけない、と。そうして辿り着いた、人生を捧げる仕事としての酪農でした。私はまじめです。ベナンでの2年を終えた後にどうなるかなんてわからないけど、考えが変わってなかったら、夢を叶えるためにまた牧場就活します。

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大学4年生の就活期、北海道の牧場まで出向いて面接を受けました。法学部政治学科の学生でしたが。
私にはもう一つ夢があって、それは、地球を取り巻く時の流れの中に、わたしが生きた痕跡を残すことです。
 
フィリピンを2週間ひとりでのんびり旅行して、色々なことがつながっていることを再確認しました。今日と明日は途切れることなく続き、フィリピンのルソン島に張り巡らされた道はどの都市にも続き、この大きい空は日本まで、アフリカまで続いている。
 
時間も、道も、空も、海もつながっていて、地球に46億年もの歴史があるとしたら、それはとても大きく美しく、「世界」と呼ばれるこの空間に私が確かに存在した証を残したい。
 
私が存在し、色んな地で色んな地球の姿を見て、ない頭でごちゃごちゃ考え、ここでもがいていたということが残るということ。それによって、高校生の頃の私が世界史の資料集から多くの夢をもらったように、誰かの人生に響くことができれば、この世界で生きた甲斐があったなあと思えるんじゃないか、と思います。
 
生きた痕跡をどう残すかはまだ決めてないけど、それを決めるのがとても楽しみ。そして今はとにかく、ベナンでの2年間がとっても楽しみです。
 
わたしは気分屋で周りに迷惑をかけることが多いけど、周りの人には恵まれています。何かを考える機会をくれたり、「大丈夫?」って言ってくれたり、「またどこか行くの?気をつけて」って言ってもらえたり。今すごく、私のまわりのすべてに感謝しています。」

  

まとめ

私は結局、ベナンで現地の人たちの記憶や町の開発の歴史に私の功績を残したかったのかもしれない、という気がします。

 

大学4年生の頃に就活で大きなターニングポイントをむかえ、自分の気持ちに正直になることができたのです。大学では法学部の学生だったのに酪農家になりたいと思い、牧場の内定をもらっていました。単純に海外に住みたい、などの希望を含めて、日本で就職するといういわば世間の常識にとらわれないという選択をし、ベナンで自分を試したかったのでしょうね。

 

ベナン行きを決めた当時の私は感謝の気持ちでいっぱいだったようです。新卒参加だからといって勇気があるわけでも、新卒の肩書を無駄にしたわけでもありません。ただ単に、周りの人たちと同じ方向を向かなかっただけなのでした。