生きてればいいよ!

新卒で青年海外協力隊に参加。帰国後3ヶ月でまたベナンに戻って活動を続けている、そんな若者の生きざま。

【途上国のパーソナルスペース】アフリカで「近すぎて」つらかったエピソード

最近は、海外でボランティア活動をする大学生が増えていますね。素晴らしい志です。

 

そんな、途上国で数日間~数週間ボランティア活動をして帰ってきた彼らの多くが口にするのは、「途上国では日本よりも人と人との距離が近くて、とても温かかった!大好き!!」

つまり、日本人とはパーソナルスペースの保ち方が違うということですね。

 

私も大学生の頃に途上国を旅行するのが好きだった身ですから、同じようなことを言って目を輝かせていた覚えがあります。

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大学一年生の春休み、フィジーに行った時の私

 

実際、JICA海外協力隊として赴任していた西アフリカのベナンでも、「みんなオープンでフレンドリーで楽しいなあー」と思うことはありました。が、短い期間だけで現地の人とさらっと関わる旅行や短期滞在と、コミュニティの人間関係に組み込まれて年単位で住むことは全く異なります

 

旅行はやはり、楽しい非日常なもの。住むとそこが日常になるので、旅行では経験しないどろどろに巻き込まれることだってあります。

 

今回は、私が西アフリカのベナンで、人と人との距離が近すぎてつらかった時期のエピソードを紹介します。

 

ベナンで、ご近所のとある家庭にお世話になる日々

私がベナンに赴任した当初から、私をからかいまくる同い年の女の子がいました。彼女の名前は、イダヤちゃん。

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イダヤちゃんと私です

 

彼女にはこれまで何度私の現地語を馬鹿にされたか、何度嘘をつかれたか数えられません。ああ、わたしは何度彼女に腹を立てたことか。しかし、彼女はたまに優しいのです。ツンデレなんです。よく挑発してくるけど、彼女はなんだかんだけっこう仲の良い友達でした。


イダヤちゃんは、彼女の伯母の家に住んでいます。そしてその家は長屋のようになっていて、何世帯かが一緒に住んでいます。数世帯の家のボス的存在は「ママさん」こと彼女の伯母。イダヤちゃんに誘われて、ベナン暮らし2か月目あたりから私はほぼ毎晩彼女の家でご飯を食べさせてもらうようになりました。ご馳走になった回数は、余裕で100回は超えます。

 

ご飯を頂くうちに、イダヤちゃん以外の家の人たちとも自然と仲良くなり、土日も一日中その家に入り浸るのが普通になっていきました。家の子供たちは私になつき、大人たちもただの外国人である私が家にいることに慣れていきました。

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家の子供たち

 

家族のように、近くなった。近くなりすぎて、疲れた。

その家に毎日行っていたあまり、1日や2日行かないと責められるようになりました。「なぜ昨日来なかったの?」「他に友達ができて、私たちのことは見捨てたのね」と言われるようになりました。そう言われるたびに私は、そのやり取りが面倒くさいと感じていました。

 

正直、その家に行くのは毎回エネルギーが必要でした。

  • 家の中の会話が100%現地語(フランス語なら私も支障はない)
  • 毎日行かなければ責められる
というのが、私には楽しいものではありませんでした。


私は考えました。家の人たちの気分を害さないためには毎日行くしかない。でも、毎日なんてムリだ。ちまちま顔を出しても毎回責められるだけ。もう疲れたし、無理するのはやめてあの家にはもう行かないようにしよう、と決めたのでした。

 

そこから丸2ヶ月、挨拶にすら行きませんでした。たまに家の子供たちが恋しくなって行きたくなることもありましたが、大人たちがカンカンに怒っているのが容易に想像できたから、私には行く勇気がありませんでした。

 

 

そんなタイミングでのイダヤちゃんの結婚

そんな、疎遠になりつつあったときに、前述のイダヤちゃんが結婚することになりました。「友達なんだから、新婦のイダヤちゃんに挨拶に来なさい」と、彼女の伯母がわざわざ私に電話をくれたので、行きました。実は電話をもらう前、結婚前夜も家に行こうとしたけど勇気が出ず、家の前で1時間突っ立って悩みに悩んだ挙句帰宅したのでした。

 

そのときは、2ヶ月間挨拶にすら来なかったことを何と言われようが、どうでもよかったから、家に行くことができました。その日は自分のためではなく、新婦である友達のために来たんだと自分でわかっていたからです。

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2か月ぶりに入った、イダヤちゃんの家。結婚準備でばたばたしていた

 

家に行くと、やっぱり怒られました。大人はみんなカンカンに怒っていました。仲が良いのに、2ヶ月間も音沙汰なしなんてベナンでは無礼すぎます。相手のことを大切に思っているなら、絶対にやってはいけないことです。

他方、子供たちは相変わらず嬉しそうに私のもとに来てくれました。イダヤちゃんの伯母は怒りながら、「子供たちがどんなに嬉しそうか見てみろ」と私に言いました。私は、疲れたと言ってその人たちを切り捨てたことが、どんなに良くないことだったかにやっと気が付きました。


その場で、泣きながら謝りました。泣いている私をイダヤちゃんの伯母は、「もうこれで終わり」と言って抱きしめてくれました。


その後、私を知らないよそのおばちゃんが私を見て「あら今日はお客さんがいるのね」と言うと、それに対してイダヤちゃんの伯母は「彼女は客じゃなくて、この家の人だよ」と返しているのを聞きました。じんわり嬉しかったです。

 

この出来事を帰国した今振り返って

今回の記事で触れたイダヤちゃんの結婚は、ベナンに赴任して1年あたりが経過したころのことでした。イダヤちゃんの結婚を機に、またこの家の人たちとの距離が近くなったのですが、結局以前のように頻繁に家に遊びに行くことはなくなりました。

 

遊びに行けば喜んでもらえて、ごはんまでごちそうしてくれる。でも、やはり少し間が空くだけで責められることに変わりはなかったのです。活動のことで頭も心もいっぱいいっぱいだった私に、時間も体力も削ってまで相手の期待に応えることはできませんでした。

 

ベナンの礼儀としては良くないことをしたし、せっかく優しくしてくれた人たちの気持ちに応えられませんでした。でも、無理しなかったという選択はあの時の私にとって正しい選択だったと思っています。

自分をぼろぼろにしてまで他人に優しくする前に、まず自分に優しくして、そんな自分を受け入れてくれる人としか私はきっとうまく付き合えません。甘いのでしょうか?

 

大切な友人同士では気をかけあう文化はとても温かいものですが、裏を返すと、日本にいるよりも他人に干渉されるということ。慣れていない私には、なかなか大変な経験でした。