生きてればいいよ!

新卒で青年海外協力隊に参加。帰国後3ヶ月でまたベナンに戻って活動を続けている、そんな若者の生きざま。

【カルチャーショック?】「働く」ことに真面目すぎる日本人がアフリカで泣いちゃった話

JICA海外協力隊として西アフリカのベナンに派遣されて、なんだかんだ2年間の任期を全うできたのですが…

最初はそりゃあもう大変でした。慣れる前はすべてがストレスに感じ、やりたいようにやれていないことに焦り、自分の気持ちのコントロールだけで精一杯でした。

 

ベナン暮らしも3か月目の頃、私が私自身をいかに追い詰めていたかを象徴するような出来事がありました。。

 

ストレスの話ばっかりで申し訳ないのですが、ベナン暮らしのその他のストレスについても別記事に書いてあります。↓

www.ricahirao.work

 

 

最初の活動は、「座ること」。

ジュグー市役所というところにボランティアとして勤務していた私はまず最初に、市役所がどう機能しているのか知る目的ですべての課で1~2週間の研修をさせてもらいました。

 

市長室、秘書課、会計課、土地管理課、開発計画課、住民課、都市管理課の順で、各課の業務補助をしていました。

 

見栄を張って「業務補助」とかかっこよさげに言いましたが、ベナンに行って直後でフランス語も大して話せない外国人にできる仕事などなく、色々な課での研修は結局、

  • 周りのベナン人とおしゃべりしてフランス語を伸ばす
  • とりあえず座って仕事の様子を見ている
ことに終始していました。
 
ただし、住民課での身分証明書発行業務の手伝いはたいしてフランス語力も必要ではない仕事だったので、毎日20時頃まで残業するほどもりもり働いていました。自分の存在が必要とされたのがどんなに嬉しかったことか。
 
何度も言いますが、住民課にたどり着くまでは、毎日市役所には行くものの本物の暇人でした。「私、ベナンに来てまで何やってるんだろう」と思う毎日でした。
 

 

何もできていない自分への焦り

各課での研修が始まって3週間がたった頃、私は会計課に座っていました。ちゃんとできる仕事もないままに会計課での1週間が終わろうとしていました。

f:id:RicaH:20190725205238j:plain

会計課の同僚。私がフランス語できないから、仕事ふってくることもない

 

またその日は、市役所で市議会の開催が予定された日でした。ベナンでは会議のあとに軽食が用意されるのが普通で、その日も29人の市議会議員のためにご飯が用意されていました。


しかし、待てども待てども議員は集まらない。どうやら議員の大部分が会議で他の市に行っているようで、結局その日は市議会は開催されませんでした。


私は来た議員への配膳を手伝っていましたが、同僚は「Ricaも食べるでしょ」と言って私の分のご飯もよそってくれました。私はご飯を食べました。でも私は、ご飯を食べながら罪悪感というか情けなさに襲われて、ご飯を食べ終わって会計課に戻ると突然ものすごい泣きました。

 

勤務先である市役所に来てから1ヵ月も経っているのに何もできていないことへの焦りと自責がその時一気に出てきて、「私、ろくに働いてないのにご飯もらって食べちゃったじゃん!!」と人前でものすごい泣きました。私の中にあった「働かざる者食うべからず」精神を自分で破ったのが、私は許せなかった。

その時周りにいた同僚たちは泣く私にびっくりしつつも笑い飛ばしてくれました。「議員のやつらが来ないからご飯余っちゃったんだよ。だから食べていいの。あとここはアフリカだから、働いてなくても食べていいの。ははは~」とか言ってた(笑)。

 

この日実は一番びっくりしたのはたぶん私で、自分がこんなに働くことに強迫観念をもっていたとは知らなかったからです。働くことの概念の違い。これもカルチャーショックでしょうか。

 


後日、泣いた件が市役所内で噂になっていて、住民課でバリバリ仕事するようになってから「うぇ~い仕事たくさんあって幸せなんでしょ?」って言われるっていう。

いいよ、いいけど(笑)。