生きてればいいよ!

新卒で青年海外協力隊に参加。帰国後3ヶ月でまたベナンに戻って活動を続けている、そんな若者の生きざま。

アフリカ、ベナンで過ごすイスラム教犠牲祭

こんにちは、Ricaです。

 

これまでの記事では宗教的な事柄については言及してきませんでしたが、今回のテーマはイスラム教の年間二大ビッグイベントのひとつ、「イードル・アドハ(犠牲祭)」についてです。

 

ベナン全体でみると国民の半数程度を占めるのはキリスト教徒で、イスラム教徒は30%弱。(ベナン基礎データ | 外務省

その点私が住んでいた町ジュグーは特殊で、キリスト教徒は人口の30%程度、イスラム教徒は70%を占めます。イスラム教徒の町です。

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イスラム教徒が多くを占めるジュグー最大のモスク

イードル・アドハは、日本語では犠牲祭と呼ばれます。

 

犠牲祭を祝うイスラム教徒本人のお財布事情に合わせて牛や山羊を捌き、みんなで食べ物をシェアするお祭りです。ラマダン(断食月)明けから10週間後に行われます。

動物を買うお金のない人たちに、その余裕がある人がお肉を分けるという、イスラム教で重要視されている、「持つ者が持たざる者へ与えること」を体現するお祭りなのです

 

また、「(犠牲になる動物のように)神様のためになんでもする」と気持ちを引き締める意味があるそうです。 

 

さて、私がジュグーにいたのは2年間なので、その犠牲祭とやらも2回経験しました。基本的には数日間に渡って行われるようで、2017年は9月1日から3日間、2018年は8月21日から3日間でした。

 2017年、人生で初めてむかえた犠牲祭は印象的でした。

 

市役所内では、犠牲祭の前の週に山羊飼いの人たちが市長に会いに来て山羊の価格の相談をしたり、犠牲祭の数日前からは「もう山羊見つけた?」という会話を耳にしたりしました。

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犠牲祭が近づき人々が牛や山羊を買い始めると、街の至る所に繋がれた動物が見られるようになる

犠牲祭前日の午後から配属先の市役所内はなんだかそわそわしてて、普段の勤務時間は18時半までですが、みんな「明日の準備しなきゃ」と言って早く帰って行き、当時私が研修をしていた秘書課も16時半に閉まりました。


犠牲祭初日の朝は、9時頃からいくつかの大きなモスクでお祈りが始まり、それが終わると各々家に帰って家の男性たちが牛や山羊を捌き、友達や近所の人におすそ分けをし、犠牲祭の3日間そのお肉を食べ続けるのです。 

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ジュグーで最も大きい広場は朝のお祈りに来た人でごった返す

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捌くのは男性の仕事、調理は女性の仕事です

正しく言えば3日間で肉を食べ終わることは珍しく、油で揚げて水分を飛ばして保存可能な状態にしておき、翌年のタバスキまで食べ続ける家庭もあるのだとか

ちょっと盛られた話のような気もしますが、肉の量を考えるとタバスキ後1か月間くらいは食べ続けてもおかしくないと思います。

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保存をきかせるため油で揚げたヤギの肉


2017年の犠牲祭初日は金曜日で週明けまで町中お祝いモードだったのですが、月曜は特に祝日ではなく、「イースター(キリスト教の復活祭)なら平日も休みになるのに。この国ではキリスト教の方が強いんだ。くっそー」と市役所のあるおじさんが嘆いてました。


2017年の犠牲祭、2018年の犠牲祭ともに、私は普段お世話になっているベナン人家族と時を過ごし、お肉をたくさんごちそうになりました。

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ベナンの主食の一つ、ヤム芋をついた料理を頂きました


暴れる動物たちを抑えて捌いていく様子を近くで見ていると、食べ物のありがたみを実感しました。ただ2度目の犠牲祭ではそれも見慣れてしまって、何も感じませんでした。

 

今日も食卓にお肉が並んでいることに感謝です。